#632 天 職

#632　天　職

　サッカーＷ杯。日本がカメルーンに勝った。日本の左サイドバック・長友佑都が試合後のインタビューで見せた笑顔は、まさしく会心の笑顔だった。ワタシの周囲にはいつも笑顔が絶えない。が、長友が見せた充足感、達成感、幸福感に満ちた笑顔は、近ごろのワタシがついぞ見たことがないものだった。それは、誰もが一生に一度見せることができるかどうかのものだと感じた。

　長友のポジションは、カメルーンの世界屈指のフォワードであるエトーと対峙する。長友は、試合前からエトーを押さえる自信を見せていた。
「エトーをカンペキに押さえて、世界の人に『あいつ、誰だ？』と言わせたい」
　との言葉が印象的だった。
　果たして、長友はエトーにまったく仕事をさせなかった。それが日本の勝利の大きなポイントだったことは言うまでもない。それゆえの、会心の笑顔だったのだ。
　インタビューでは、他の日本選手は比較的優等生な応対に終始したが、長友は開口一番「うれしいです」と心から言った。会心の笑顔はそのときにこぼれた。こんなにうれしそうな「うれしいです」は初めて聞いたぞ。ワタシは、心が洗われるのを感じた。

　試合前日に、エトーを特集した番組が放映された。エトーが恵まれない環境からサッカーだけを頼りに抜け出し、今日の地位と名声と豪華な生活を手に入れたことを伝えていた。その経歴と精神力に感動した。きっとカメルーンの他の選手たちも大同小異だろう。ワタシは、この番組を日本代表に見てほしいと思った。日本人の誰がここまでのハングリーな環境の中でサッカーに打ち込んできたか、カメルーンチームとの埋めようのない差を思い知ってほしいと、豊穣な物質世界の恩恵を受けて生きる一人として素朴に思ったのだ。逆境にある人は、常に他者の鏡となる。
　で、その上で、エトーをたたきつぶすという強い気持ちになってほしかった。そうすることで、「ひ弱な日本人」を乗り越えられるように思えたのだ。これまた、ひ弱な日本人の一人として、自分を代表チームに重ね合わせて見たわけだ。

　身長１７０ｃｍの小兵の長友は、そんなワタシの思いを、もっともダイレクトに表現し、実現してくれた選手だった。誰もが自分でシュートして得点することを願うサッカーと言うスポーツの中で、サイドバックはゴールからはもっとも遠いポジションのひとつだ。が、長友はサイドバックを「自分の天職」だと言い切り、職人的仕事に徹しつづけている。自らの役割を知り尽くした者だけが持つプライドと力が、早くも第一戦で開花したってことだ。

　にしても、よくもまあカメルーンに勝ったものだ。日本は次戦でオランダに勝てずとも、デンマークと最低でも引き分けて、デンマークがカメルーンに１点差で負けるか引き分ければ、決勝リーグ進出という誰もが予想しなかった結果が舞い込む。がんばれ。

　おしまい。　
10.06.17 記　

2010/06/17 (Thu) 雑　感 TRACKBACK() COMMENT(0)