#646 洪 水

#646　洪　水

　雨乞い師の仕事は、気象全般をコントロールすることだ。だから、祈祷によって雨を降らせることは、任務の一部にすぎない。それはもちろん、人類史上常に最重要任務ではあった。が、昨今は雨を止ませる任務の比重が急激に増していることは想像に難くないと思う。このたびの全国的豪雨に接して、ワタシが所属する全日本祈祷師協会では何度目かの緊急会議が招集された。

　会議の冒頭で、最近の緊急会議をことごとくサボった者の処分が発表された。その者たちは、事もあろうにテレビでWカップを見るためにサボったらしいのだ。人々を大雨の災害から救うべきときにサッカーにかまけていたとは、雨乞い師の資質を問われても仕方がない。
　え？ ワタシ？ ワタシは日本 vs. パラグアイの日はハラグアイがへんたいだったのと、ウルグアイ vs. ドイツの日はチケットのウレグアイがイマイチだったので止むなく欠席したのだ。よって、謹慎・降格はまぬかれた。

　全日本祈祷師協会の厳しい試験をパスした後、雨乞い師の修行を積むことを希望する者は、始めに誓願を立てさせられる。雨乞い師たる者は、特定の個人、団体などのためではなく、森羅万象のために祈祷をしなければならない。したがって、生きとし生けるものすべてを救うためにのみ祈祷をするという誓願を立てて、認められた者だけが、雨乞い師の道を歩む事を許される。

　世界的大雨と洪水の直接の原因は、世界中の海の海水温の上昇だ。海水温の上昇がなぜ引き起こされたのか。科学の世界では諸説あるが、祈祷師の世界では、もはや原因を問わなくなっている。その理由はふたつある。
　ひとつは、海水温の上昇が人間の営みが引き起こしたものであれば、それは祈祷師の力の及ぶ範囲ではないというものだ。
　もうひとつは、海水温の上昇が太陽など地球以外の天体の活動によるものであれば、これもやはり祈祷師の力の範疇外の出来事だというものだ。

　が、全日本祈祷師協会は自らの任務を放棄することはない。このたびの緊急会議では、今後も可能な限り大気の動きを読み、その大本の気のコントロールを試みる作業を継続することが確認された。大本の気の流れが正されれば人の気も正されて、良き循環が起こるという伝統的な手法だ。時代遅れだと言われようが、こうするしかない。ないと言ったらない。

　雨乞い師は、何らかの原因で乱れた気象をコントロールする事が任務だ。そのためには、気象だけではなく、この星の自然のあらゆる相に精通していなければならない。地球が、そして人類が今どんな状態なのか、祈祷師協会では不断の観察が続けられている。
　いまだに見習いのワタシは、偉大なる先輩雨乞い師諸氏に学びつつも、自らのあまりの非力さに意気消沈し続けている。身近な人々を襲った災害は、明日は我が身に降り掛かるやもしれない。が、『どこへ逃げても、この災害もあの災害も起こりうる』のだ。「それゆえに」災害対策は、全人類のために講じられねばねばならない。

　四国の吉野川下流域では、ついこの間江戸時代まで、ひっくり返すと舟になる屋根を付けた家が多く建てられていた。吉野川はそれほど頻繁に氾濫したのだ。
　大洪水時代の今日、より重要なことは物心両面の備えであると、全日本祈祷師協会は近く声明を出す予定だ。

　おしまい。　
10.07.17 記　

ナデシコなでなで。

2010/07/17 (Sat) 自然・環境 TRACKBACK() COMMENT(0)