#649 怪談以前

#649　怪談以前

　午後３時、外出から帰宅する途上の国道の気温表示は依然として３５度だった。炎天下で燃えだしそうな家にたどり着くと、信じがたいことに、ウチの裏から草刈り機の爆音が聞こえる。斜め向かいのおじいさんだ。御歳８３歳。で、草刈り機の爆音のはざまに、時折木で木を打ち鳴らすような不思議な音が混じる。少し乾いた、なんだかなつかしいような音色だ。

　しばらくして、ようやく爆音は止まった。
　と、あの不思議な音色が、はっきりと聴こえてきた。そ、それは、近くの運動公園でゲートボールのボールを打つ音だった。

　ゲートボール仲間の中に、斜め向かいのおばあさん、つまり、斜め向かいのおじいさんの奥さんがいる。御歳８４歳。で、他のゲートボール・バアバたちも、御歳は似たりよったりだ。恐るべし。

　斜め向かいのおじいさんもおばあさんも、熱中症などどこ吹く風といった趣きだ。・・・んにゃ、違う意味で「熱中」症候群だと言えそうか。

　～ 昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが、ふたりで仲良く暮らしておりました。
　ある猛暑の日、おじいさんは山へ草刈りに、おばあさんは運動公園へゲートボールに出かけました。ところが夕方になっても、ふたりは帰って来ないのか、いつものようにとなりの家に声かけに来ません。
　心配になったとなりの家の者が様子を見に外へ出てみると、ああ、なんということでせう。おじいさんとおばあさんは自分ちの軒先で、ふたりで仲良くひからびてしまっておりました。からからのおじいさんには、草刈り機のエンジンスタータのひもがからまってます。おばあさんは、ゲートボールのスティックに、乾いた雑巾のやうにからまってしまってます。
　ようやく川から吹いてきた一陣の風がひからびたふたりを吹き倒してしまいました。ふたりは乾ききった地面にぶつかって「からから」という乾いた音を立てました。それを聴いたカラスたちは、カラカラと笑ってはやしたてました。
「あれでは、突っつくところもねえって」
　それを聞いたおじいさんは言いました。
「ばあさん、わしら、カラスの役にも立てんと言われとる。なんか言い返しちゃれ」
　おばあさんは、ひからびたのどを振り絞ってカラスに言いました。
「腐っても鯛、ひからびてもじじばば。肉は食えんでも、出汁は採れるわいっ」
　明くる日の寄り合いで振る舞われたものは、おじいさんとおばあさんの出汁ベースのおつゆで食べる冷やし素麺。もうしょうがない、猛暑日の幻影。

　おしまい。　
10.07.23 記　

2010/07/24 (Sat) 自然・環境 TRACKBACK() COMMENT(0)