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揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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降り続く雪の中、アイスバーンに乗っかったマイ車は、あっけなくコースアウトして、雪が吹きだまったブッシュの中に突っ込んで動けなくなってしまった。積んでいたシャベルで掘り出すしかない。観念して作業を始めた。と、背後から「よーっ」というすっとぼけた声が飛んできた。ウチの斜め向かいのおじさんが軽トラの中で笑っている。「まあ、ぼちぼちやっておくれ」行っちゃった。

拍手[7回]


人が困っているとゆーのに、「ぼちぼちやっておくれ」の一言だけで行ってしまうとはっ、と、普通なら頭に来るだらふ。が、おじさんのすっとぼけた一言で、不思議にワタシは焦燥感からすーっと抜け出すことができた。先を急ぐ心は霧散し、氷点下で雪を掻き身体が火照ってくる気持ち良さを味わうゆとりが生まれた。その心のゆとりは、この雪深い地でその後十二回の冬を越す際に、最も大事な財産のひとつとなった。

 急いで掻こうがゆっくり掻こうが、結果はほとんど変わらない。万事いたずらに急ぐことは、この美しくも自然厳しき地にはそぐわない。自然に逆らうことは、この地で暮らす楽しみを最も損なう生き方なのだ。そんなかけがえのない教訓を「まあ、ぼちぼちやっておくれ」の一言としわくちゃの笑顔だけで伝えてしまうことができる人を、ワタシはほかに知らない。

 ワタシがその地に入植した頃、近所にはなかなかあいさつもしてくれない人もあった。山深い行き止まりの集落に突然入り込んできた若造。音楽なんかやってるというわけのわからない人種。そう簡単に受け入れてもらえるわけはない。わかってはいたが、村のご一同が集まる場でワタシの入植に対する不満が公然と語られたと知ったときは、いささかショックだった。
 そんな場で、唯一ワタシをかばって下さったのが、斜め向かい(と言っても100mは離れてるのだが)のおじさんだったと人づてに聞いたのは、入植から数年が過ぎた頃だった。

 おじさんとおばさんは、「田舎の空気に負けたらアカン」と、ワタシたちを何度も励まして下さった。が、ワタシたちがその地を離れる五年ほど前、おじさんはおばさんに先立たれてしまわれた。しかし、男やもめになっても、畑も庭も家の中も、いつも手入れが行き届いていた。しかも、七十を過ぎたというのに進んで自炊の毎日だ。
 ワタシたちが引っ越してからは、毎年秋口になると、鮎が獲れたから取りに来いと電話を下さった。行けば、鮎にミョウガに畑の幸に、持ちきれないほど持たせて下さった。なのに、今年は珍しく電話がなかった。

 おじさんは、車で15分ほど走った所にある小さな喫茶店へ、コーヒーを飲みに行くのが日課だった。きょう、一年ぶりにおじさんちへ向かった。途中に立ち寄った酒屋さんで、この八月にその喫茶店が閉められたと聞いた。おじさんは店が閉まる日まで顔を出しておられたとも聞いた。そうか、あの店が無くなったから、おじさんは急に弱ってしまって、あっという間に逝っちゃったんだなと、おじさんが好きだった焼酎をはさんで、酒屋のご主人と笑いあった。
 それにしても、なんにも言わずに突然逝ってしまうなんて、おじさんらしい。おじさんを慕っていた人は地域の外にも多い。おじさんが亡くなったことを今も知らない人が多いことだろう。きっとおじさんは、周囲を気遣って「わざわざ知らせんでもええ」てな風だったんだらふな。

 誰もいなくなったおじさんの茅葺きの家を通り過ぎて峠道に入ると、驟雨に濡れて紅葉が始まっていた。木立の間から落ちてくる雨の向こうから、今頃になっておじさんの「よーっ」というすっとぼけた声が聞こえてきたような気がした。

 おしまい。 
10.11.01 記 


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管理人について

HN:
巴だ リョウヘイ
性別:
非公開
職業:
揚琴・笛演奏屋 オカリナのセンセイ
趣味:
ほしい。
自己紹介:
 
演奏活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)

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特 技/晴れ男であること。

オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。

2018年、京都府下農村から大阪府下住宅街に移住。
今も雨乞い師見習い。
今も自然農見習い。
ノアのおとうちゃん。
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