#866 そば一枚の幸せ

とても暑かった土曜の夜、京都のまん真ん中のとある立派なホテルで開かれたロビーコンサートで揚琴の演奏を終えての帰り道。
四条寺町界隈で幼なじみがやってるうどん屋に着いた。
久しぶりにここの日本一の冷麺を食べて帰るという決意は、この仕事が決まった日から揺るがないのだ。
が、が、が、閉まっている！
裏口へ回って声をかけ、店のにいさんと幼なじみをつかまえた。
最近営業終了時刻が早くなったとのことだった。
がっかり。
はらへった。
傷心の足取りのままで寺町通りへ出た。
若者の店ばっかりや。
と、目に飛び込んできた「そば」の看板。
気が付けば小さな引き戸を開け、吸い込まれるように中に入っていた。

縦長の小さな店内では、使い込まれたテーブルや厨房のあれこれの道具類が、三十年以上は営業してきた空気を醸し出している。
片隅に腰を降ろし、メニューを見るなり、骨太系のおかあさんの魅力的な笑顔に向かって天ざるを注文した。

けっして上物ではないが絶妙に茹であげられた麺を、茶碗のようなでっかい器にたっぷりと張られたつゆに浸けてはすする、すする、すする。
でかすぎるカリカリ海老天。
ぺろりと平らげ、ざるそば一枚追加注文した。

茶碗のような器のつゆだから、まだ半分以上残っている。
出汁がしっかりしていて味付けも濃いめである上に、そばの水切りが完璧なのでそのまま使える。
おつゆはこのまま使うのでネギだけ新たに付けてもらうよう、おかあさんに所望した。

おあいその際に伝票を見てオドロイタ。
思いがけず￥１８０も値引きされている。
二枚目のそばの麺つゆの分のようだ。
追加のざるそば一枚￥３００円となった。
あまりにうれしい対応に礼を述べて辞した。

精魂込めて作った一杯の麺つゆを無駄にしないという価値観の共有を、客と店が喜び合う。
こんなとき、そこには客も店もない。
互いが一人の人間として接している。

人と人同士として心を配り、対等の存在として接する。
仕事をする際のそんな心構えの大切さを、このお店の料理と接客に教えられた。

創業昭和二十年代の幼なじみの店でも、まったく同じものを感じる。
こんな風な店にこそ長く続いてほしい。
そういえば、どちらも家族的地域密着型経営だな。

四条寺町界隈、行きたい店が増えて困ったものだ。
ワタシが子どもの頃から食べて来た幼なじみの店が日本一であることには変わりがないけれど。俺が食べるのは冷麺ときつねうどんとカレーばかりやったが。
この日はいい仕事をさせていただいたり、三十年間会ってなかった人が聴きに来てくれたり、へんたいうれしい一日となった。

もうすぐ祇園祭だなー。

　おしまい。　
13.07.08 記