#581 一筆啓上仕候

#581　一筆啓上仕候

　季節は常に進んでいる。いつの間にか冬の間に見なれた鳥がいなくなり、昨春ここにいた鳥や見なれない鳥が集まってきている。アトリやジョウビタキの姿が見えなくなったが、フクロウの声が聴こえ、そして、あのとってもよく鳴くあいつが帰ってきた。ウチでうわさをしていた翌朝のことだったから驚いた。

　といっても、まだおとなしいものだ。この早春は特に寒暖の差が激しい。きょうも、暖かくなるかなと思えば冷たい風が吹き始めて、寒い一日となってしまった。だから、少しずつ暖かい地域へ移動する鳥は、なかなか元気が出ないことだろう。天気がよかった朝に少し鳴いたっきり、沈黙してしまうものも多い。あの、夏には何時間も鳴き続ける彼もそんな一羽だ。きのうの朝にほんのしばらく鳴いていたものの、すぐに押し黙ってしまった。

　さて、鳥の名前は必ずしも体を表していない。ホオジロという名前を付けたヤツはいったい誰だ。ホオジロの頬は黒いじゃないかっ。
　このホオジロ。春になればウチの回りに住みついて、陽光の下で美しい歌声を聴かせてくれる。一度鳴き始めると、ときには何時間も休みなく鳴く。屋根や梢の、必ずてっぺんに留まってさえずる。「ここはオレの縄張りだっ」て言ってるそうだが、あんなに美しい声を聴かせてくれるのだから、ワタシはここを出て行くつもりはない。居住権の持ち合いの交渉をせずにいきなり実力行使に出るツバメやジョウビタキのようなことはないし。もちろんワタシも、ホオジロに出て行かれるような振る舞いはしたくない。

　ホオジロのさえずりをこんな風に聞いた人がいるそうだ。いつの時代のどこのどんな人なのだらふ。
「一筆啓上仕候」
　と聞こえると言うのだ。「イッピツケイジョウツカマツリソウロウ」だって。わはははは。
　なんだか明治か江戸時代のにおいがするな。前近代的言葉愛好家としては親近感を覚える。

　ワタシも、鳥の声が言葉に聞こえることもなくはない。
「ヤットオキタカ、リョーヘー、リョーヘー」とか、「キモチイイーッ」など。が、頭を真っ白にして、鳥の声が様々な曲線を描くのを見るのが好きだ。その曲線は、太さも色も変化する。丸まって転がったりとんがって突き刺さったりもする。実に多彩だ。

　ホオジロのさえずり曲線は、空になびかせた絹糸をとても素早く細かく振っているかのようだ。あちらとこちらのホオジロが競うように描く、変化に富んだ曲線を堪能できる季節が、もうそこまで来ている。彼のさえずりの場合、早起きしなくても聴けてそれはよかった。

　おしまい。　
10.03.03 記　

山茱萸 （サンシュユ）

2010/03/04 (Thu) 自然・環境 TRACKBACK() COMMENT(0)