揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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#328 人間国宝
以前山深い山村で暮らしていたころ、よく野菜をいただく近所のおばあちゃんがいた。おばあちゃんが作った野菜は、どれもおばあちゃんの顔と同じように、大きくておおらかな姿をしていて、とても甘かった。日本一の野菜だと思っていた。そのおばあちゃんが、今年の春に亡くなった。おばあちゃんの野菜の味と、野菜作りにまつわる数々の至言を、ワタシはけっして忘れない。
以前山深い山村で暮らしていたころ、よく野菜をいただく近所のおばあちゃんがいた。おばあちゃんが作った野菜は、どれもおばあちゃんの顔と同じように、大きくておおらかな姿をしていて、とても甘かった。日本一の野菜だと思っていた。そのおばあちゃんが、今年の春に亡くなった。おばあちゃんの野菜の味と、野菜作りにまつわる数々の至言を、ワタシはけっして忘れない。
おばあちゃんはよく嘆いていた。
「昔の米は甘かった。今の米はアジない」
「よそのうちの野菜は、化学肥料を使っているから苦い」
二人暮らしのおばあちゃんとおじいさんは、毎朝お互いが前になりうしろになり、畑に「出勤」する。みんなが「年寄りがようまああんな広い畑をすることや」と驚くひろ〜い畑にしゃがんで、目にも止まらぬ速さで手鍬で土を掘り草を引く手ぎわは、これが八十過ぎの人かと思うほどの見事さだ。しわだらけだがつやつやした手は、まったくよどみなく土にふれ、土の中に吸い込まれていく。
ウチから50メートルほどはなれたおばあちゃんの畑から、ときどき風に乗って大きな叫び声が聞こえてくる。おばあちゃんがおじいさんを叱っているのだ。おじいさんが何やらぶつぶつと言い返すが、いつもおばあちゃんの大きな声でやり合いは終わる。
ある年から、おばあちゃんの畑を猿が襲うようになった。猿は何十匹もの群れでやってきて、どんな冊をしても中に侵入してしまう。まさに野盗の集団だ。おばあちゃんとおじいさんは、毎朝畑に座り込んで、猿が来たら一斗缶を棒で打ち鳴らして追い払っていた。それでも猿は、ふたりがお昼ご飯に帰ったすきに畑を荒らす。豆も大根も、一瞬でなくなってしまう。
とうとう、おばあちゃんとおじいさんは根負けした。それはもちろん、畑での野菜作りをあきらめるということだ。文明の申し子である猿は、ふたりの生きがいを奪ってしまった。
それからはおばあちゃんとおじいさんは、茅葺きの家のすぐ裏の猫のひたいほどの空き地で、ナスビや小松菜を細々と作るだけになってしまった。それでも、ときどきウチに野菜を持ってきてくださった。
その小さな畑も、おじいさんが亡くなって、おばあちゃんが街の娘さんのお家に移ってしまってからは、草が伸びるにまかされ、茅葺きの大きな屋根とともに、山際でひっそりと年月を重ねていった。
おばあちゃんは、元は田んぼだった畑に、一度も耕耘機を入れなかった。毎年雪が1m以上積もるこの地では、春の雪解けの頃には雪の重みで畝は崩れ、土はすっかり固くなってしまっている。が、畝は全部自分たちで鍬をふるって作った。化学肥料も農薬も一切使わなかった。そしてその集落で下肥を使っていたのは、おばあちゃんの畑だけだった。なぜか?
「その方がおいしい」
おいしい野菜を作ることとは、良い土を作ることだと思い知らされた。
それにしても、日照時間の短い山間の地で、あれほど大きくておいしい野菜を作れることは、神業に思えた。質素で昔ながらの暮らしをつづける野菜作りの名人のおばあちゃんとおじいさんを、ワタシとよく知ったご婦人は「人間国宝」と呼んでいた。おじいさんの少し背中が曲がった小さな後ろ姿は、夕暮れ時には神々しく映った。
あるとき、よく知ったご婦人がおばあちゃんにたずねた。
「カボチャの種は何センチくらい開けて蒔いたらいいの?」
「あんたらみたいに勉強しとらんから、そんなハカセみたいなことはわからん。『加減』で決めるんや」
「野菜作りのコツはなに?」
「・・・自然にまかせたらええ」
おばあちゃんはあるとき、こうも言った。
「キュウリは、栗の葉が三枚になった頃に種を蒔くんや」
おばあちゃんがいつも周囲の自然に目を配っていたことがよくわかる。そして、これほど作物と自然との関係を雄弁に物語っている言葉はない。
その小さな集落では、若い世代には畑や田んぼをしている人はいない。だから近ごろ、おばあちゃんの野菜の味を受け継げるのはワタシたちしかいないと気がついた。おばあちゃんのお米を食べられなかったのは残念だが、その味は、きのうKさんのご飯をいただいた今のワタシたちだったら、心に思い描けるような気がする。
「昔の米は甘かった。今の米はアジない」
「よそのうちの野菜は、化学肥料を使っているから苦い」
二人暮らしのおばあちゃんとおじいさんは、毎朝お互いが前になりうしろになり、畑に「出勤」する。みんなが「年寄りがようまああんな広い畑をすることや」と驚くひろ〜い畑にしゃがんで、目にも止まらぬ速さで手鍬で土を掘り草を引く手ぎわは、これが八十過ぎの人かと思うほどの見事さだ。しわだらけだがつやつやした手は、まったくよどみなく土にふれ、土の中に吸い込まれていく。
ウチから50メートルほどはなれたおばあちゃんの畑から、ときどき風に乗って大きな叫び声が聞こえてくる。おばあちゃんがおじいさんを叱っているのだ。おじいさんが何やらぶつぶつと言い返すが、いつもおばあちゃんの大きな声でやり合いは終わる。
ある年から、おばあちゃんの畑を猿が襲うようになった。猿は何十匹もの群れでやってきて、どんな冊をしても中に侵入してしまう。まさに野盗の集団だ。おばあちゃんとおじいさんは、毎朝畑に座り込んで、猿が来たら一斗缶を棒で打ち鳴らして追い払っていた。それでも猿は、ふたりがお昼ご飯に帰ったすきに畑を荒らす。豆も大根も、一瞬でなくなってしまう。
とうとう、おばあちゃんとおじいさんは根負けした。それはもちろん、畑での野菜作りをあきらめるということだ。文明の申し子である猿は、ふたりの生きがいを奪ってしまった。
それからはおばあちゃんとおじいさんは、茅葺きの家のすぐ裏の猫のひたいほどの空き地で、ナスビや小松菜を細々と作るだけになってしまった。それでも、ときどきウチに野菜を持ってきてくださった。
その小さな畑も、おじいさんが亡くなって、おばあちゃんが街の娘さんのお家に移ってしまってからは、草が伸びるにまかされ、茅葺きの大きな屋根とともに、山際でひっそりと年月を重ねていった。
おばあちゃんは、元は田んぼだった畑に、一度も耕耘機を入れなかった。毎年雪が1m以上積もるこの地では、春の雪解けの頃には雪の重みで畝は崩れ、土はすっかり固くなってしまっている。が、畝は全部自分たちで鍬をふるって作った。化学肥料も農薬も一切使わなかった。そしてその集落で下肥を使っていたのは、おばあちゃんの畑だけだった。なぜか?
「その方がおいしい」
おいしい野菜を作ることとは、良い土を作ることだと思い知らされた。
それにしても、日照時間の短い山間の地で、あれほど大きくておいしい野菜を作れることは、神業に思えた。質素で昔ながらの暮らしをつづける野菜作りの名人のおばあちゃんとおじいさんを、ワタシとよく知ったご婦人は「人間国宝」と呼んでいた。おじいさんの少し背中が曲がった小さな後ろ姿は、夕暮れ時には神々しく映った。
あるとき、よく知ったご婦人がおばあちゃんにたずねた。
「カボチャの種は何センチくらい開けて蒔いたらいいの?」
「あんたらみたいに勉強しとらんから、そんなハカセみたいなことはわからん。『加減』で決めるんや」
「野菜作りのコツはなに?」
「・・・自然にまかせたらええ」
おばあちゃんはあるとき、こうも言った。
「キュウリは、栗の葉が三枚になった頃に種を蒔くんや」
おばあちゃんがいつも周囲の自然に目を配っていたことがよくわかる。そして、これほど作物と自然との関係を雄弁に物語っている言葉はない。
その小さな集落では、若い世代には畑や田んぼをしている人はいない。だから近ごろ、おばあちゃんの野菜の味を受け継げるのはワタシたちしかいないと気がついた。おばあちゃんのお米を食べられなかったのは残念だが、その味は、きのうKさんのご飯をいただいた今のワタシたちだったら、心に思い描けるような気がする。
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管理人について
HN:
巴だ リョウヘイ
性別:
非公開
職業:
揚琴・笛演奏屋 オカリナのセンセイ
趣味:
ほしい。
自己紹介:
演奏活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)
コンタクト方法/上記のホームページ(HP)の「FAQ & Form」のページからどうぞ。
特 技/晴れ男であること。
オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。
2018年、京都府下農村から大阪府下住宅街に移住。
今も雨乞い師見習い。
今も自然農見習い。
ノアのおとうちゃん。
演奏活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)
コンタクト方法/上記のホームページ(HP)の「FAQ & Form」のページからどうぞ。
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オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。
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