#162 本能のままに

#162　本能のままに

　ある午後、マイスタジオで録音の準備ができて一段落、外の空気を吸いに出た。と、杉の木にからんだヤマイモの蔓が目に止まった。よく見れば「むかご」がたくさん付いている。思わず手が伸びる。ひと粒ひと粒、そっとつまんではポケットに入れる。
　あたりを見渡せば、そこかしこに黄色くなり始めたヤマイモのツルが見える。スリッパでは斜面でふんばりにくいからと、長靴を取りに戻る。
　ちょっと一息のつもりが、本格的むかご狩りが始まってしまった。

　ポケットがいっぱいになったからと、今度はかごを取りに戻る。いったい、いつになれば仕事に戻るのだろう。

　採れるだけ採って、ようやくスタジオに戻る気になった。が、ズボンに「ひっつき虫」がたくさん付いている。このままでは部屋に入れないからと、ひっつき虫取りが始まる。
　またまた時間がたち、ようやくスタジオへ。が、左目の横を虫に刺されていることに気がつき、虫さされの薬を取りに行く。

　このようなことでなかなか仕事にかかれなかったが、ついに楽器の前にすわった。
　そのとき、近くで草刈機が爆音を発して回り始め、録音は待機となった。で、これを書いている。

　ちょっと外の空気を吸いに出ただけのつもりが、すでに小一時間がたっている。むかごを見つけたときに、採集本能に逆らえなかったことがこの事態を生んだ。本能のままに生きてばかりでは、いつまでたっても楽できないだろうなと、わかっちゃいるけどやめられない。

　半月前の運動会の最中、ウチと同じころに当地に引越してきたＫさん夫妻の姿が見えなくなった。ふたりは応援席の背後の、グランドの端のフェンスの前にいた。盛り上がる競技には目もくれず、いろんな草のツルがからんだフェンスに向かって、ひたすら手を動かしている。はたして、むかごを採っているのだった。
　赤ちゃんを背負ったままで無心にむかごを採るふたり。本能のままに生きる仲間。

　おしまい。　
07.10.30　　

むかご

2007/10/31 (Wed) 田舎暮らし TRACKBACK() COMMENT(0)