#431 テンション

#431　テンション

　わがオカリナ倶楽部夢見るガチョウの中では「いよいよですねー」が合い言葉となっている。「いよいよガチョコンだっ」という意味だ。そう、いよいよあと九日。が、九日も前からテンション上げちゃうと、あとがへんたいだ。そして危険だ。

　普通の暮らしをしている人が本番の九日も前にテンションを上げると、家族に白い目で見られる。
　息子がぼそっと言う。
「おかん、なにを今からそんなに入れ込んでるの。ニンニクの食べ過ぎか」
　だんなさんも冷たく言う。
「あんたの趣味は、家族の迷惑」
　テンションが上がったおかんは、ここで言い返さずにおれるはずもない。
「本番に向けて、心の準備も大事なのよっ」
　すると、だんなさんも黙っていない。
「そんなことでばたばたするんなら、オカリナなんかやめてしまえ」
「やめないわよっ。どれだけ練習してきたと思ってるのよっ」
「知るかっ。家庭を捨ててまでやることかっ」
「捨ててないでしょっ。ちゃんとご飯作ってるじゃないのっ」
「作ればいいってもんじゃないっ。なんで味噌汁の具がパセリとウィンナーなんだよっ」
　だから、九日前にテンションを上げることには、まず家庭崩壊の危険が付いて回る。

　自主練習に出かける。バス停に自分たちのコンサートのチラシが貼り出してある。それを見て、思わず演奏予定曲を口ずさんでしまう。屋外では自分の鼻歌は自分だけには小さく聴こえるものだ。
「ルー、ルルルールルルーッ、ルルルールルルーッ、ルルルル〜」
　バスを待っていた近所の人々が離れていく。村八分になる危険。で、やってきたバスにズンチャッチャ、ズンチャッチャと曲のリズムで乗り込もうとして、ステップを踏み外す。身の危険。

　買い物に出かける。スーパーで「いち、にーいっ、さんっ」と２拍目をしっかり取る練習をしながらトマトに手を伸ばす。と、２拍目で勢い余ってトマトに中指を突っ込んでしまう。または、魚が入ったパックを握りつぶしてしまう。見て見ぬふりをして立ち去っていく近所の人々。

　当日に着るものを思案する。グループで申し合わせた色合いでは物足りず、あれこれアクセサリーを考える。二十年間開けてなかった宝石箱にまで手を伸ばす。鍵がない。夜中まで探し回るが見つからない。仕方なくトンカチと千枚通しでこじ開けることに。夜中にトンカチと千枚通しを持って寝室の横を通ったら、昼間言い争っただんなさんがＷＣに起きてきて遭遇。顔色をなくすだんなさん。

　それに、九日前に上がったテンションが当日まで下がらないことだってあり得る。当然、ピアノの発表会が待ちきれなかったどこかの子どものように、熱が出る。すわ、豚インフルだと騒ぎになる。保健所へ行くとコンサートのチラシが貼り出してある。
「ど、どうしても、これ、これに出たいんです」
「夢見るガチョウの人ですか」
「は、はい、そうなんです」
「だったら、豚インフルの心配はありませんね」
「は？」
「ガチョウがかかるのは、鳥インフルエンザですから」

　ボヘミア民謡、気のいいアヒル。ＡＦ管。
　↓

　おしまい。　
09.05.07 記　

シャガ。ずいぶん早い。

2009/05/09 (Sat) オカリナ TRACKBACK() COMMENT(0)