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揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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 自分が誰よりも尊敬して母のように慕ってもいる上司が、むかし死んだ母親の親友だったとわかったときの驚きと喜びとはいかほどのものだろう。
 自分が誰よりも信頼して娘のように可愛がっている部下が、むかし死んだ親友の娘だったとわかったときの驚きと喜びとはいかほどのものだろう。
 共鳴するふたつの魂が、ふたつの肉体となって出会う。再放送で放映中のこの「宮廷女官・チャングムの誓い(原題/大長今)」という韓国製ドラマの中で、ワタシがもっとも好きなシーンのひとつだ。チャングムとハン尚宮(サングン)が共有した幸福感、安堵感、絆の強さは、自分がこれまで体験したことがない種類のものであるはずなのに、あたかも自分の体験から生まれたかのような感動をともなって胸に迫ってくる。そしてしばしの後に、自分がこのような出会いへの憧れを持っていることに気づかされる。

 さて、自分が望む境遇・世界というものは、他者への憧れの中にしか存在しないものなのだろうか。 

 このシーンの人物相関図は、フィクションとドキュメントのボーダーにうまく設定されているように思う。だからこそ見る者は、共感しつつも憧れを持つこともできるのだ。第一級の創作技術だと思う。

 こどもの頃、一般のこどもの例にもれず、自分は両親の実のこどもではないのではないかと妄想したことがあった。
 ある日ワタシは唐突に母にそのことを問いただした。笑いながら答える母の様子を見て、自分はそのようなドラマとは無縁であることを思い知らされたワタシは、意外にも「がっかり」した。そうなのだ。ワタシは自分が両親の子はないかもしれないことを恐れていたのではなく、実の子でないかもしれないという不安をスリルに転化して、ドラマにまで昇華させることをどこかで望んでいたのだ。上で紹介したチャングムの誓いの1シーンを見たときに生まれた感情は、このような現実と憧れが混同された素朴な心理に通じるものがあるようだ。

 普通でない体験を自分の生い立ちに求めるという素朴な心理は、なぜ生まれるのだろう。
 そこで求められる普通でない体験は、幸せであるか不幸であるかはあまり関係がない。普通でないこと自体に意味があるのだ。もちろん、そのような体験を求めるということは、自分が普通であることを示しているのだが。
 いずれにしても、非日常的ショックを求める心というものは、こどもの頃からすでに存在しているようだ。
 そして、この素朴な心理は想像力の賜物なのだ。想像の世界では、突然自分が両親の実のこどもではないことがわかって、苦しむ。そして、現実の自分はそのショックを楽しみ、現実の中にそれが実現されることを願うようになる。ここに、精神分裂の原型を見て取れる。

 ところが、今から12年ほど前、これに近い体験をしてしまった。ひょんなことから父と叔父が異母兄弟だったことを知ったのだ。父曰く、
「もう話してたと思ってた」だって、わはははは。
 自分の生い立ちに直接関わることではないこの程度の事件でも、このときワタシの心には巨大な空白が生まれたような気がした。しかしその空白は、あっというまに現実という、有機物とも無機物とも、物質とも観念とも言えないような慣れ親しんだ存在によって埋め尽されてしまった。現実は、カメラのシャッターのように空白を周囲から閉じていった。
 これが、人の現実を受け入れる力というものなのだろう。自然治癒力のようなものだと感じた。この力があるゆえに、人は簡単には精神分裂に落ち入らないのだろう。
 それ以後ワタシは、この出来事になんら悩まされることなく日々を送り、叔父とも変わりなくつきあっている。この事実が発覚した日は、父に対してはただただあきれたのひとことであったが、父のこのようなユーモラスな言動は幸か不幸かこのときに限ったことではなかったので、どうということもなかったのかもしれない。

 ドラマは、我が身に起こらないからこそドラマでありつづけることができる。他人の身に起こった出来事にドラマ性を見い出すことはよくあるが、それは多くの場合は、想像力の不足から生まれる感覚であるように思う。「夢」もおんなじだ。叶ってしまえばそれは、「ただの」現実になってしまう。
 想像力というものは、現実に即して働かせば働かせるほどそれが見せるものは現実に近付く。そうすると、想像力とは夢のない心を育む精神作用なのだろうか。それとも、そもそも心が夢やドラマというものに依存すればするほど想像力が働かなくなってしまうのだろうか。
 であれば、想像力というものは、いつもいつも楽しい世界へ連れていってくれるとは限らないものなのかもしれない。ならば、楽しい世界というものは、ますます現実の中に作り上げなくてはならないということになる。

 おしまい。
ラベンダー
Lavender

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巴だ リョウヘイ
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揚琴・笛演奏屋 オカリナのセンセイ
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自己紹介:
 
演奏活動歴/揚琴、27年。オカリナ、16年。
活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)

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特 技/晴れ男であること。

オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。

京都府下農村在住。
雨乞い師見習い。
自然農見習い。
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