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揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
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#295 水深20m

 波打ち際に横たわって、コバルトブルーの海から打ち寄せてくる白い波に身をゆだねた。小波が当たるたびに、身体はごろごろと転がる。波という自然のリズムに身をまかせるのは実に気持ちがいい。口から鼻からしょっぱい海の水が入ってくるが気にしない。が、どう見ても打ち上げられた水死体だ。実はこれはワタシが子供のころに考え出した遊びで「土左衛門ごっこ」という。いい年して人騒がせなので、ほどほどに切り上げて、母なる海へと泳ぎ出した。

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 天橋立の北端から宮津湾の西岸を走ると、海の色がそれまでの濃いグリーンから明るいモスグリーンに変わる。そのまま国道178号線を北上して伊根のあたりまで来ると、今度はエメラルドグリーンになる。そして、経ケ岬を西へ回り込んで柚志へ着くと、海の色はこつ然とコバルトブルーへと変貌する。
 この海の色の変化を味わいたいがために、遠回りをして経ケ岬経由で奥丹後を目指したのだ。

経ケ岬灯台
経ケ岬灯台

 目的地の平(へい)の浜と間人(たいざ)が近づき、太陽が西に傾き始めたころ、小さな小さな漁村を通りかかった。板張りの古びた家が立ち並ぶ細い道を車でゆるゆると通っていたとき、右前方の家の前にひとりの半裸で裸足の人物が立っていた。その長身で浅黒くひきしまった身体の持ち主は、真っ白で清潔なふんどしを締めていた。すらりと伸びたまっすぐな身体にはひとつのぜい肉もない。ところがよく見れば、見事な白髪と顔に刻まれた深いしわから察するに、齢七十は有に過ぎていると思われた。短く刈り込まれた白髪の頭には、これまた真っ白な手ぬぐいが端正に巻かれ、ふんどしと相まって、浅黒くひきしまった長身との対比が見事であった。
 ワタシは老人に美と威厳を感じ、運転しながらしばし見入ってしまった。老人はワタシを鋭い眼光で一べつすると、表情を少しも変えずに、自分の家の中に入っていった。

 これから漁に出るところの漁師にちがいない。それも、素潜りの達人と見た。さりげない巻き方に年季を感じさせるふんどしと手ぬぐい。その無駄がないフォルムと抜けるような白は、あたかもこれから聖なる海へ儀式に出かけるかのような厳かささえ漂わせていた。コバルトブルーの海で生まれ育った、歴史の扉から抜け出てきたかのような本物の漁師を目の当たりにしたという、衝撃にも近い思いで胸がいっぱいになった。

平の浜より丹後松島を望む
平より丹後松島

 間人の民宿では、見たこともない大きなサザエのつぼ焼きが出てきた。もちろん、一口でほおばった。口いっぱいに広がる潮の香りの中で、苦みとうま味は複雑にからみ合い、身体の隅々にまでじんわりと浸透した。こりこりとした歯ごたえは、しばし時を止めた。
 民宿の若奥さんと話した。
「まことに見事なサザエなり」
「近頃はサザエも少なくなりました」
「これだけのものを採らんとするには、10mは潜るべしと見たがいかに」
「いいえ、20mは潜って採るそうですよ。それも『おじいさん』が採ったそうです」
 それを聞いたワタシは、さっき出会ったふんどし的漁師の老人を思い出した。
「あの人だ、あの人が採ったサザエにまちがいないっ」

 20mも素潜りしてサザエを採ることができる『おじいさん』など、そうざらにいるはずもない。あの老漁師の浅黒くひきしまった身体、白いふんどし、白い手ぬぐい、見事な白髪が、陽光が射し込んできらめくコバルトブルーの海の底にたゆたい、鋭い眼光で見いだした海の恵みを、よく研がれたナイフで巧みに岩から引きはがす図が、ワタシの脳を支配した。至高のサザエを採ったのは、もはやあの老漁師でなければならなかった。

琴引浜より
琴引浜

 帰り道、あの老漁師にもう一度会いたいとの思いがつのった。その思いは、あの老漁師が、コバルトブルーの海の底に住む竜神にワタシを引き合わせてくれるにちがいないという、途方もない確信のような気がする。

 おしまい。 
08.08.09 記 
「誰か死んでる」
土左衛門



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巴だ リョウヘイ
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演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)

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特 技/晴れ男であること。

オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。

2018年、京都府下農村から大阪府下住宅街に移住。
今も雨乞い師見習い。
今も自然農見習い。
ノアのおとうちゃん。
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