#225 白鳥の湖

#225　白鳥の湖

　- - - 固いお話がつづいておりますが、閑話休題 - - -

　なんというおだやかな表情。なんというなめらかな曲線美。樹齢五百年はあろうかと思われる檜の巨木の中から顕現した菩薩は、その長い腕でわれわれの艱難辛苦を救い、如来の元へいざなわんとされていた。

　滋賀県の湖北町。この琵琶湖最北端の地に奈良時代に建立された渡岸寺（どうがんじ）に安置されている国宝十一面観音像。いつかお会いしたいと思っていたのだが、このたびとうとう念願が叶った。

　信仰を寄せる地元の信者たちの手によってときには土中に隠され、数多の戦乱から守られてきた菩薩は、顕現から千数百年を経た今もなお、奇跡のごとくに慈悲のオーラを放ち続けている。春雨が激しくなり参拝者の足もとぎれた静寂の中で、ワタシは静かに菩薩の声を聴こうとした。

　その前日、ワタシは湖北の湖岸にいた。湖北町水鳥公園では、数百メートル先に群れている数百羽の野生のコハクチョウを６６０倍の望遠鏡で観察することができる。コハクチョウは例年この時期にはすべてシベリアに帰ってしまっているのだが、今年の冬は暖かかったため、思いがけずその純白の曲線美に出会うことができた。

　ときおり、ゆったりと水面に浮かんでいた二、三十羽がいっせいに水を切り飛び立つ。近くの集落のたんぼにえさを探しにでかけるのだ。映画「渡り鳥」などで見た通り、隊列は縦になり横になり、２ｍもの羽をひろげて優雅に大空を舞う。白鳥の群れが頭上を越えるときの興奮は、永く記憶に残ることだろう。

　この地で暮らす人々は、白鳥が頭上を飛んでゆく姿を、冬には毎日眺めている。なんという、信じがたい、奇跡のような暮らしだ。
　この純白の天使たちとの奇跡の暮らしが永遠のものであるかどうかは、十一面観音を守り続けた人々と同じく、一度失えば二度と還らないものの価値を、われわれが由って立つものは何かということを、われわれが心に刻んでいるか否かにかかっている。

　湖北にはシベリアからオオワシもやってくる。湖北の人々の心根は、きっといつまでもコハクチョウやオオワシを呼び続けるにちがいない。

　おしまい。　
08.03.14　

決定的瞬間。写真の腕の悪さを呪った。
　　
湖北の少し南、長浜の町のひなびた楽器屋さんで見つけた鳥の顔が付いたオカリナ。

と、ふりかえれば、まうしろのお寺にはこんな言葉が・・・

えらそうなことばかり言っているセンセイへの戒めですな。

2008/03/14 (Fri) 自然・環境 TRACKBACK() COMMENT(0)