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揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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自然エネルギーによる発電論議がますます盛んになっている。
自然エネルギーは再生可能エネルギーとも呼ばれる。
原子力はもう要らない、できるだけ火力も使いたくないと言う人々。
自然エネルギーを推す。
曰く、水力、地熱、風力、太陽光、太陽熱、波力、重力、馬力、人力、気力、念力…。

さて、太陽光発電するソーラーパネルを、全国の休耕地や耕作放棄地に設置するという案が出ている。
ソフトバンクの孫社長などが熱心に提言している。
関西広域連合も積極的だ。
「電田プロジェクト」と言うそうだ。
それを聞いてふるふる震えるこのワタシの指は、いったいどうしてしまったのだらふ。

もしや用語の混乱か、あるいはただの無知か。
原発で言えば、休耕地・休耕田は、定期点検中。
それに対して、耕作放棄地は、無期限停止中。
使う予定が明らかな休耕田にソーラーパネル設置とはこれいかに。
「電田プロジェクト」とは、こんなレベルの計画であるか。
それとも、本当に休耕田をつぶして電気を作ると言うのか。

それはさてオキシドール、耕作放棄地にソーラーパネルを設置することは、土地の有効利用か。
即答、否。
ワタシゃ ●めして●ッテンのように、番組終了10分前まで答を見せ渋ったりしない。

耕作放棄地にソーラーパネルを設置すると、設置場所を自然状態にしておくことは叶わない。
舗装までしないまでも、大規模に整地をする必要が生じるだろう。
元は泥田だった地面をそのままにパネルを設置すれば、たちまち草茫茫。
ひとたび雨降ればぬかるむ。
それに、段差だらけ。
漏電や故障につながる。
で、削って、盛って、砂利を敷いたり、芝生を張ったり。
また、電線を引き回す用地も必要になる。
あるいは、パネルが作った直流電源を交流に変換するパワーコンディショナーや管理者の駐在用の建物などの付属施設の建設用地も。
人や野生動物の進入を防ぐための柵も必須。
このように、用地を自然状態には保てない。
その耕作放棄地は、現役耕作地と同じゾーンにあり、生態系がひとつながりになっている。
ソーラーパネル設置箇所の生態系は、整地によって大きなダメージを受ける。
設置箇所がダメージを受けると、連続した耕作地の生態系も、当然ダメージを受ける。

耕作地は、周囲の自然の生態系と一体であるがゆえに、地力や水質が保たれている。
その一部を永久的に整地してしまうなどということは、耕作環境の破壊以外の何物でもない。

これが、問題のその一。

こう言えば、またぞろいろんな数値的データを持ち出してきて、生態系に「ただちに影響はない」「一時的影響に過ぎない」などと言い出す人が出てくることは、火を見るより明らかだ。
それを想うと、今から怒りで全身がふるふる震える。

日本の耕作地が周囲の生態系と一体になっていること、耕作地と居住地とのバランスは先人の知恵により合理的に配分されていること、それゆえに耕作地の一部を言わば砂漠化すると耕作地全体にダメージを与えることは、現地に立ち、暮らしていれば、感覚的にも経験的にも、すぐにわかることだ。
当然すぎて、自明すぎて、誰の何の証明も不要のことなのだ。
ぶるぶる。

耕作放棄地の多くは、中山間地にある。
そして放棄地は、耕作ゾーンの周縁部から増殖しつつある。
それらの多くは、谷間を流れる渓流沿いにある。
そこに大量のソーラーパネルを設置すれば、必ず生態系破壊、水質汚染が起こる。
ソーラーパネルが水を汚すというのではない。
パネルの据え付け工事を行なう関係車両の乗り入れ。
重機の搬入のための道路補修拡張工事。
除草剤の大量散布。
森林伐採(これは比較的小規模と思うが)。
保守管理のための車と人の行き来。

だいいち、谷間の渓流沿いの耕作地なんて、日照時間はへんたい短いぞ。
取り返しがつかない破壊をしてまで計画を実行して、それだけのメリットがあるのかね。
そう、そんなものはない。
だから、多少地代がかさんでも「日当りが良い耕作放棄地」にパネルを設置することにする。
が、そんな好条件の所はそうそう無い。
が、送電網は先行完成させておく。
で、放棄地に隣接する「現役耕作地を次々買い上げて用地を確保する」ことになる。

耕作地を買い上げる際には、かねてから農水省が推進している「企業・団体による農地の大規模集約化」という錦の御旗を掲げ、一旦耕作地として確保し、農地法第四条乃至第五条に基づき地目変更する、または転売する。
発送電分離と電力自由化が進めば(それらは必ず進むと思う)きっとこんな手口でもうけようとする企業が出てくるにちがいない。
これまた原発よろしく、国と企業がグルになって、地域を補助金漬けにして用地を確保するという手もあるな。
まさに、農業崩壊にトドメの一撃。
・・・まあ、このあたりは悪夢的空想の域を出ないことを祈りたいが。

大きな問題がもうひとつ。
耕作放棄地で発電された電気は、誰のためのものか。
現地の人々だけのものか。
現地人が自分たちのためにソーラーパネル設置を望むなら、まだ話はわからないでもない。
が、そうではあるまい。
田畠で創られた電気は、長い長い電線によって都会へ送られるのだ。
これは、原発と同じ構造ではないかっっっっっ。


い、い、怒りで、てててて手が、ふるふるふるふるふる・・・・。

次の問題。
耕作放棄田の多くは、棚田の名残を留めている。
古人が山を切り拓き開墾して作った棚田は、最近になって圃場整備の名の下に、農業機械が入れるような形状に作り替えられていった。
コンクリートの用水路も張り巡らされた。
このように姿を変えながらも、田んぼは、数百年間、人々の暮らしのベースとなってきたのだ。
そして人民の主食を作る地として、農村を中心に様々な周辺文化が生み出されてきた。
現代の農業の後継者の枯渇や過疎高齢化の進行とそれに伴う耕作放棄地の増殖は、単に食糧自給率の低下や中山間地の経済的衰退といった問題を引き起こしただけではない。
我々の精神文化の崩壊を加速させたのだ。

・・・
5月27日のマイツイートより。
「この国の精神は何によって養われてきたのか。食糧自給率の低下ももちろん大問題だが、風土と一体になって培われてきた田んぼ文化を切り捨てては、この国の未来はない。耕作放棄地をソーラーパネル用地にするなど、もってのほかだと、ワタシは思う」

一枚の田を放棄する際に、お百姓がどれほどの無念さを覚えるか。
が、耕作放棄地と呼んではいるが、それは耕作を永遠にあきらめたわけではない。
無念の中にも、未来へ子々孫々へ託した、田んぼ再生への一縷の望みがくすぶり続けているのだ。
そしてその望みは、この国の人民全員が人民自身の食糧自給のために、精神文化の支柱を守るために、必ず引き受け、再生させなければならないと、ワタシは思う。

問題、まだある。
福島原発から放射能がいつまで出続けどこまで広がるのか。
いまだ誰にも見えない。
が、小出裕章先生は言う。
「今後われわれは放射能とつきあって生きるしかない」
であれば、この先、放射能汚染により農作を続けられなくなる農地が増え続けることはまちがいない。
そんな折りに、整備すれば再生できる元耕作地を永久に使えなくするなどという計画は、あまりにも愚策に見える。


怒りすぎて、ふるえが納まってきた。

ということで、耕作放棄地にソーラーパネルを設置することは、土地の有効利用であるとは思えないとの主張、おしまい。

「電田プロジェクト」は、しょせん机の上で数字しか見ていない人の発想だと思えて仕方がない。
「再生可能エネルギー中心の社会への転換のための土地の有効利用」などという耳障りの良い言葉に踊らされてはいけない、とワタシは思う。
エネルギー問題は、電力の確保という問題に矮小化されてはイカンのだ。

話は振り出しに戻るが、そもそも、ただちにすべての原発を止めても、日本の電力は現存する発電設備だけでまかなえるのであったのだった。
この点について、良い資料がある。
小出裕章先生のロングインタビュー。
1時間2分頃からが該当箇所。

http://www.ustream.tv/recorded/13897618

すべての原発をただちに止めた上で、さらにクリーンで環境に与える負荷が少ないエネルギーに切り替えていく。
自然エネルギーによる発電論議は、そこから始めないと。

以上、素人が想像力だけで書いた拙文にすぎない。
が、この程度の想像をすることは素人にでもできることを示したいし、農山村の実情に縁がない人にもこの問題に関心を持つきっかけにはしていただけると思う。

「水力、地熱、風力、太陽光、太陽熱、波力、重力、馬力、人力、気力、念力…」
もうひとつあった。
「愛の力」だ、とさ。

 おしまい。 
11.05.30 記 




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追 記
過疎地、耕作放棄地、限界集落…。
こうした差別的とも取れる言葉を、この国の農山村は、大した疑問も持たずに受け入れているように見えます。
が、住人にとっては、耕作放棄地は復活への一縷の望みがくすぶり続る無期限休耕地であり、過疎地はいつか再びにぎわいを取り戻すはずであり、限界集落は永遠の故郷なのです。

過疎地、耕作放棄地、限界集落という呼び名は、住人が付けたものではありません。
どこかの誰かが、机の上で数字を見て創り出した「用語」に過ぎないのです。
用語を作る人々は、常に数字だけを元に、効率化という名の下に、さらなる搾取と口封じを図ります。
用語を作る人々が、机の上でパソコンを見ながらでも、落ち込んだ数字の背後に隠れてしまった、住人の生きる意欲と故郷への愛を想像できる人々であれば、山をただ山と呼ばず、そこで生きる無数の森羅万象が一体になったひとつの生命体なのだと洞察できる人々であれば、都会の利便性のために聖地を易々と踏みにじる行ないに加担することはないのでしょうが。

ワタシは、太陽光発電の普及に賛成です。
できれば自宅にもパネルを取り付けたいと考えてます。
また、発送電の分離、送電網の地域密着インフラ化、地域分散型小発電設備による地域のエネルギー自立が実現してほしいと願ってます。
が、望まない人や情報弱者に負担だけを押し付けるやり方には同意できません。
そして何より、本文に記した通り、取り返しがつかない破壊と汚染によって聖地を、我々の心の原風景を踏みにじられることが受け入れられないのです。
それは、ワタシが思い描く未来を踏みにじられることだからなのです。

 11.05.30/巴だ
巴だ EDIT
at : 2011/05/30(Mon) 22:34:06
無題
ブログ拝見しました。
ただ、コンクリート土台を必要としないソーラーパネル技術もあるということを知ってほしいと思います。
もう敷設されています。
http://newsofsolarcell.blog.shinobi.jp/Entry/3412/
どう思うかは御自由ですが、こういう技術もあることを知って頂ければと思います。

とおりすがり EDIT
at : 2011/06/28(Tue) 17:58:54
Re:無題
とおりすがりさま

良いご指摘をありがとうございました。
答が長文になりそうなので、プログ本文にアップさせていただきます。

 巴だ
at : 2011/06/28 21:32
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演奏活動歴/揚琴、27年。オカリナ、16年。
活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)

コンタクト方法/上記のホームページ(HP)の「Contact」のページからどうぞ。

特 技/晴れ男であること。

オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。

京都府下農村在住。
雨乞い師見習い。
自然農見習い。
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