#369 食糧危機

#369　食糧危機

　これまで当たり前に食べてきたものがある日突然なくなったときのショックがこれほど大きいとは。だいたいどんな食材も、品数が減り、値段が高くなって買いにくくなり、代わりに輸入品や養殖ものが出回るという道をたどる。ひいき客が付いている店が突然つぶれることも、まずない。それが、売れていたものが突然姿を消すという不条理があることを知った。

　いちばん好きな食べ物は何か、という問いには、人生で何度となく出くわす。が、ワタシはこれになかなか答えられなかった。どうしてもひとつにしぼれないのだ。一所懸命に考えながら答えようとしているうちに、相手がしらけてくる。おまけに、食い意地が張ったろくでなしだと思われる。だから、歳をとってきてからは口からデマカセに答えてきた。
「てんぷらうどんです」「鴨鍋です」「茄子の漬け物です」「カレーです」「茶碗蒸しです」「で○六のピーナッツチョコです」「ゆでたまごです」「シイタケです」
　が、この二年ほどは、これしかない、というものがあった。

　Ｍというスーパーで売っている鶏の空揚げ。ジューシーな皮付きのもも肉にほとんど塩味だけのシンプルな味付けをして、小麦粉と片栗粉の絶妙な配合の衣を付けてカラリと揚げた逸品は、￥１６８／１００ｇ。毎日でも食べたいと思っているが、Ｍまで車で２０分。かなわない。Ｍの近くに引っ越そうかと考えたこともある。もちろん、近くを通ったときに素通りすることはない。

　午後７：００を過ぎるとたいてい売り切れている。近くまで来たとき、６：３０を過ぎるとあせってくる。香ばしい香りが車内に漂ってくるような幻覚に襲われる。ハンドルを握る手がふるえてくる。
　Ｍに到着すると、車のドアを後ろ手でバーンと閉めて、なりふり構わず入口に駆けつけ、お買い物カゴをひったくって、一目散に揚げ物売り場へ直行する。売り切れていたときは、ほかの揚げ物の下などに紛れ込んでいないか、ショーウインドウを隅から隅まで何度も確かめ直す。それでもあきらめきれずに、数分間その場にたたずんでいる。で、うしろからおばはんに「どいてんかっ」とどなられる。
　死ぬときは、鳥インフルエンザにちがいないと思っている。

　その、Ｍの鶏の空揚げが、年明け早々、突然作り方と味付けが変わってしまったのだっ。
　まず、衣が小麦粉だけとなり、片栗粉特有のまろやかさと粘りがなくなって固く茶色くなってしまった。
　そして味付けは、甘ったるい醤油風味ベースにショウガなんか効かせやがって、これではどこにでもある、ごくフツーの空揚げだ。
　おまけに、なんということだ、￥１７８／１００ｇに値上がりしているっ。

　あんなに売れていたというのに、いったい何が起こったのか。
　そんなことより、明日からワタシは、いったい何を楽しみに生きていけばいいのだらふ。
　いや、このたびの金融恐慌のように、食糧危機はある日突然のようにやってくるやもしれない。その日のためのレッスンだと考えよう。・・・考えられない。考えたくない。あさって、もう一度Ｍに行ってみよう。

　おしまい。　
09.01.04 記　

お正月

2009/01/05 (Mon) 時　事 TRACKBACK() COMMENT(0)