#358 加 速

#358　加　速

　ワタシはあんまり興味がないのだが、よく知ったご婦人が好きなもので、ときどきテレビでフィギュアスケートを見る。きょうは世界大会で浅田ミラクル真央ちゃんが韓国のキム・ヨナちゃんと張り合って金メダルを取り、大いに盛り上げた。が、何か物足りなさを感じるのだ。

　トリノ五輪で荒川静香さんが金メダルを取ったとき、フィギュアの潮流は変わると思った。すなわち、ジャンプ中心から芸術性中心のスケーティングへとだ。荒川さんのトリノのファイナルでのスケーティングを見た時、生まれて初めてフィギュアスケートで感動して、涙が出た。まさに、トリノの氷上に鶴が舞った、という感動だった。彼女の「見る人を感動させてこそフィギュア」という信念は、世界のフィギュアシーンを、いたずらに難易度が高い技術を追い求めることなく、美を追求し、楽しんですべるものへとシフトすると思えた。
　ところが、その後のフィギュアシーンでは、やはり難易度の高いジャンプばかりが注目を集めている印象を受ける。

　すばらしいジャンプがぴしっと決まったときは、確かに見ていて快感だ。きょうの真央ちゃんのジャンプもすばらしかった。が、それはフィギュアスケートの一部でしかない。一部でしかないのではあるが、派手で誰が見てもわかりやすい技なものだから、もっとも人の目をひきつける。とうとうどの選手も観衆も、ジャンプに取りつかれてしまったかのように見える。

　音楽でも、スピード感あふれる箇所があざやかにきまると、聴いていても演奏していても快感だ。が、それは音楽の限られた一部でしかない。そこに込められ表現される感情は、人間の感情のごく一部でしかない。ところが、そうした「難所」は見ても聴いてもその困難さがわかりやすいので、誰にでも「すっご〜いっ」と言わせることができる。
　かくして演奏家は、難易度の高い技ばかりを要求される曲芸師となってしまう。アマチュアは指を速く動かすことばかりに気を取られ、そこに込めるべき大切なものや、それを支えるリズムという骨格をないがしろにする演奏になってしまう。また速いパッセージは練習の成果が目に見えやすいので、少し「真似事」ができただけで出来上がったような錯覚に落ち入り、安っぽい達成感を得てしまう。

　荒川静香さんが世界中を感動させ、その結果として金メダルを手にすることができたのは、地味なステップやスピン、それらを流れるようにつないでゆく構成力、そしてイナバウアーや美しい手と腕の振りと心からあふれ出る表情による、技に込められた感情の表現力の成果だった。ジャンプだけに執着していては、けっして感動は生まれなかっただろう。

　音楽は、感情を込めて表現するために存在している。派手な技ばかりを追い求めていては、音楽から得られる楽しさ、喜びは、次から次へと両の手からこぼれつづけ、速さと正確さではけっして機械に勝てないことに気がついたときには、心が干涸びた生きたしかばねと化している。
　目に見えるものの奥にある目に見えない大切なものを感じ取りたいものだ。

　これ、はるか昔から、いつの時代にも言われつづけてきたことらしいのだけど。やっぱり、この世界全体が加速しつづけているのかなー。

　おしまい。　
08.12.13 記　

ミヤマフユイチゴ

2008/12/14 (Sun) 音　楽 TRACKBACK() COMMENT(0)