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揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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鹿に壊された鹿除けの柵を修繕しようと、道具を抱えて陽光の下を畑へ向かう所だった。
「コンニチワ」
下の道路の方から女性の、たぶん若い女性の声が聞こえた。
見れば、作業ツナギに身を包みキャップをかぶった、すらりと背の高い女性が坂を上ってくる。
「こんにちは」
わたしの返礼に応えて会釈した女性は、マスクをしているが、物腰とマスクのすき間からのぞいている目元から、やはりまだ若い女性だと知れた。
坂の中ほどで、彼女はまっすぐにわたしの目を見て言った。
「わたしははいひんかいしゅう」

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「わたし」の「た」に置かれたアクセントと続く言葉のイントネーションから、日本人ではないことはすぐにわかった。
だいたい、日本人なら「私は廃品回収」とは言うまい。
中国系のお人のようだ。
つまり、彼女は近頃とてもたくさん訪れる廃品回収業者の一人だというわけだ。

「こわれたとらくたー、くさかりき、てれび、ありますか」
「んー、ないよ」
「たいや、きんぞく、いらない、ありますか」
やんわりとたたみかけてくる。
「…ちょとまって」
こっちもなんとなく中国風アクセントになりながら、裏へ何かないか探しに回った。
先日めぼしい物(と言うべきか)はあらかた処分した所なので、たぶん何もないとは思うが、彼女の一所懸命さに動かされた恰好だ。

裏でいくつかの金属系不要物を探し出して運んで来たら、彼女がすでに母屋の所まで上がって来て、わたしがいる裏の方をのぞき込んでいた。
ちょっとわたしの意表を突いたその振る舞いは、まるで子どもがするそれのようだった。
と、タイミングを同じくして、彼女の仲間と思われる大柄なツナギの男性が坂をずんずん上って来る。
そのときわたしの仲間の妻も母屋から出て来た。
さっきからわたしたちのやり取りが聞こえていたらしい妻は、唐突に訊ねた。
「中国の人ですか?」
ギョロ目で太眉ででっぷりとした、ツナギを着ただるまのような男性はぶっきらぼうに答えた。
「たいわん」
どうやら二人は夫婦のようだ。

わたしが持ち出して来たいくつかの物資を手に取った彼女は、地面に一品だけ残した。
わたし「これは?」
彼女「これ、いらない」
わたし&妻「ははははは」
彼女の率直さは、わたしたちの心を軽やかに解きほぐした。
妻がわたしに言った。
「使ってない炊飯器、出そうか?」
すると、彼女。
「すいはんき、いらない」
「ふはははは」
これ以上何も出てこないと見た男性は物資を抱えると黙々と立ち去ろうとしたが、下の放置車両を指差してニコリともせずに言った。
「あれは?」
「あー、あれはお向かいの」
「あれ、とらくたーは?」
「あれはそのおとなりの」
二人とも、会話も動きも、とにかくテンポがいい。
そして邪気がない。
わたしはこの二人をすっかり好きになってしまった。

「どもありがとう」
そう言い残して辞した二人は、その足でお向かいの玄関へと向かった。
「コンニチハ・・・コンニチハ・・・コンニチハ・・・コンニチハ・・・コンニチハ・・・」
お向かいさんはなかなか出てこないが、あきらめない二人。

鹿柵修繕作業に戻ったわたしは、横目で二人の動向を見やっていた。
どうやら、会見叶ったお向かいさんと何やら交渉しているようだ。
と、そのうち「ウ~ン」「ヨーィセッ」などのかけ声が聞こえ始めた。
何事かと畑越しに見に行くと、さっきの二人とお向かいのご主人が三人で大きなトラクターを押している。
エンジンがかからない古いトラクターを格納庫から押し出そうとしているのだった。
これはどうも三人では無理そうだと見たわたしは、助っ人を買って出た。
彼女がニッコリして言った。
「あっ、ありがとー!」
だるまのだんなはそれどころではないとばかりに必死の形相で押し続けている。

四人掛かりでなんとか道路へ移動されたトラクター。
この場で解体するのかと思いきや、彼はそれを、なんと原型のままで彼らの小型トラックに積み込むつもりのようだ。
さてどうやって積み込むのか?
わたしは興味津々というよりなかば呆然としてその作業を見守った。
だるまのだんなは相方に早口の台湾語であれこれ指示を出すと、素早くトラックをトラクターに横付けし、まずバッテリー同士をつないでトラクターの眠っていたエンジンをかけることに成功。
続いてトラックの荷台にお向かいさんのアルミ製のハシゴ二脚を斜めに立てかけた。
え? あのヤワそうなハシゴの上をトラクターで登るのか???
あまりに大胆な作戦に目を疑ったが、彼には何の躊躇もなかった。
トラクターの運転席に乗り込んだ彼の全身は、吹き出す汗に覆われていた。

さて、相当な自重の上にさらに巨大だるま一体の重量を乗せたトラクターは、アルミのはしごの上をがたがたと、しかしわたしの想像を超える順調さで登り切ってトラックの荷台に滑り込んだ。
トラクターの幅は、荷台の幅とほとんど違わない。
この手際、こやつ、プロだ。

トラックのナンバープレートを見ると岩手ナンバーだ。
「えっ、岩手から来たんか?」
「それ、しゃちょうのくるま。わたしはとよおかから」
と、プロだるま君。
兵庫県の豊岡で雇われているらしい。
彼がトラクターの上に他の物資を積み上げるのを見て、心配になったわたしは身振り手振りを交えて訴えた。
「ロープ、ロープ!(ロープをかけないとあぶねーぞ)」
「もってる、もってる!」
それはよかた。

台湾と言えば九州くらいの面積の国だが、東日本大震災に際して、国を挙げて日本に巨額の義援金を届けたことは記憶に新しい。
その額実に200億円は、アメリカを上回って世界一。
加えて膨大な物資と救援隊。
その一方で、福島第一原発の事故で今も放出され続けている放射能の影響を鑑み、福島、茨城、栃木、群馬、千葉の5県産食品を今なお禁輸している。
このいずれの措置にも、客観的事実と人間存在に対する理解の深さを感じるのはわたしだけではないことだろう。

それはともかく、彼女と彼とお向かいの古トラクターを乗せたトラックはぎしぎしと走り去った。
去り際にだるまの彼は、初めて満面の笑みを浮かべてみんなに「ありがとー」と言った。
彼女の方は、作業に戻るわたしたちに何度も「ありがとー!」と言って手を振ってくれた。

その日の我が家では「わたしははいひんかいしゅう」という台詞がブームになってしまった。
「わたしはおかりなのせんせい」のようにも使える。
そしてきょう、先月の雪の重みで落ちてしまった納屋の屋根の解体作業にようやく取りかかり、その予想以上の大変さを思い知ることになったとき、彼と彼女の一所懸命な姿が何度か脳裏をよぎった。
生きていくことは本当に大変なことだが、彼らのようにどこにいて何をしていても一所懸命であり、輝いていたいものだ。
 おしまい。
 

17.04.05 記 
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管理人について

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巴だ リョウヘイ
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揚琴・笛演奏屋 オカリナのセンセイ
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自己紹介:
 
演奏活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)

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特 技/晴れ男であること。

オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。

2018年、京都府下農村から大阪府下住宅街に移住。
今も雨乞い師見習い。
今も自然農見習い。
ノアのおとうちゃん。
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