揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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#291 チャイノススメ
よく冷えて、ジンジャーが効いた甘いアイス・チャイを飲みながら、「使い捨て」について考えた。とうとう人までが使い捨てられる時代になったからだ。
南インドでは、食事のときに大きなバナナの葉をお皿として使う。食べ終わったら、バナナの葉は捨てる。おまけにスプンやはしは使わずに手づかみで食べるので、食事のあとには何も残らないという寸法だ。
昔の日本では、握り飯を竹の皮で包んで持ち歩いた。
このバナナの葉と竹の皮は「使い捨て」だ。が、それは自然にも人間社会にもなんの迷惑もかけなかった。どちらも捨ててもすぐに土に還り、自然のサイクルの中に組み込まれているからだ。
よく冷えて、ジンジャーが効いた甘いアイス・チャイを飲みながら、「使い捨て」について考えた。とうとう人までが使い捨てられる時代になったからだ。
南インドでは、食事のときに大きなバナナの葉をお皿として使う。食べ終わったら、バナナの葉は捨てる。おまけにスプンやはしは使わずに手づかみで食べるので、食事のあとには何も残らないという寸法だ。
昔の日本では、握り飯を竹の皮で包んで持ち歩いた。
このバナナの葉と竹の皮は「使い捨て」だ。が、それは自然にも人間社会にもなんの迷惑もかけなかった。どちらも捨ててもすぐに土に還り、自然のサイクルの中に組み込まれているからだ。
100円ライターは再利用できない使い捨て廃棄物の代名詞のように言われるが、ガスを燃やすと出る二酸化炭素もまた再利用されていないので廃棄物だと言える。
木は切って燃やしてもその分を植えて育てれば、育った木が燃やした分の二酸化炭素を吸収するから、木が排出する二酸化炭素の総量は差引ゼロとなる。ところが地下に眠っていた化石燃料を燃やして出た二酸化炭素は、現在の自然の循環のサイクルの内にないものだから、垂れ流していてはふえ続けるばかりとなる。
化石燃料を燃やしたときに出る二酸化炭素は廃棄物だと、ようやく周知されてきた。自然の力で処理できないものを垂れ流すということは、土に還らない物を使い捨てるのと同じことなのだ。
北インドで人々が毎日何杯も飲むチャイは、素焼きの器に入れられて路上や列車の中で売られている。このチャイの器、飲み終わったらその場で地面に捨てる。大方のインドの町は舗装されていない上、器は素焼きだから、割れた器はその場で土に還る。
一杯のチャイには、たくさんの人手がかかっている。紅茶の葉っぱを作る人。牛の乳をしぼる人。器を焼く燃料となる牛のふんを道で拾い集めて天日で乾かす人(インドでは牛は神の使いとして市中に放し飼いにされている)。器にする土を掘る人。器を作る人。そして湯とミルクを沸かしてチャイを売る人だ。またチャイを作るのに使われる物は、すべて自然のサイクルの中で循環する物ばかりだ。
このあり方は数千年間受け継がれてきた。使い捨てはリサイクルの輪の中に組み込まれ、それが人々の暮らしを支えてきたのだ。
が、化石燃料が二酸化炭素を垂れ流すからといって、現代に使われているすべての燃料を薪と牛のふんでまかなうことなど到底できない。そして、暮らしを産業革命以前にもどすこともできそうにない。では、あれこれの廃棄物がふえつづけるのを看過するしかないのだろうか。
ミルクにアッサムやニルギニなどの紅茶の葉と、シナモン、クローブ、カルダモン、ジンジャーなどお好みのスパイスを加えて煮出した自分だけのマサラ・チャイを味わって、ゆっくりと物思うひとときをふやすことが、この出口のなさそうな問題に光を当ててくれればいいのだが。
「チャーイ、チャイ、チャイ、チャイ、チャイ、チャーイ」
と連呼するカルカッタの街角のチャイ売りの低くしゃがれた声が遠くで聴こえる。その声は、何もかもが自然の循環の輪の中にあった時代から響いてくる歓喜の声のような気がする。
木は切って燃やしてもその分を植えて育てれば、育った木が燃やした分の二酸化炭素を吸収するから、木が排出する二酸化炭素の総量は差引ゼロとなる。ところが地下に眠っていた化石燃料を燃やして出た二酸化炭素は、現在の自然の循環のサイクルの内にないものだから、垂れ流していてはふえ続けるばかりとなる。
化石燃料を燃やしたときに出る二酸化炭素は廃棄物だと、ようやく周知されてきた。自然の力で処理できないものを垂れ流すということは、土に還らない物を使い捨てるのと同じことなのだ。
北インドで人々が毎日何杯も飲むチャイは、素焼きの器に入れられて路上や列車の中で売られている。このチャイの器、飲み終わったらその場で地面に捨てる。大方のインドの町は舗装されていない上、器は素焼きだから、割れた器はその場で土に還る。
一杯のチャイには、たくさんの人手がかかっている。紅茶の葉っぱを作る人。牛の乳をしぼる人。器を焼く燃料となる牛のふんを道で拾い集めて天日で乾かす人(インドでは牛は神の使いとして市中に放し飼いにされている)。器にする土を掘る人。器を作る人。そして湯とミルクを沸かしてチャイを売る人だ。またチャイを作るのに使われる物は、すべて自然のサイクルの中で循環する物ばかりだ。
このあり方は数千年間受け継がれてきた。使い捨てはリサイクルの輪の中に組み込まれ、それが人々の暮らしを支えてきたのだ。
が、化石燃料が二酸化炭素を垂れ流すからといって、現代に使われているすべての燃料を薪と牛のふんでまかなうことなど到底できない。そして、暮らしを産業革命以前にもどすこともできそうにない。では、あれこれの廃棄物がふえつづけるのを看過するしかないのだろうか。
ミルクにアッサムやニルギニなどの紅茶の葉と、シナモン、クローブ、カルダモン、ジンジャーなどお好みのスパイスを加えて煮出した自分だけのマサラ・チャイを味わって、ゆっくりと物思うひとときをふやすことが、この出口のなさそうな問題に光を当ててくれればいいのだが。
「チャーイ、チャイ、チャイ、チャイ、チャイ、チャーイ」
と連呼するカルカッタの街角のチャイ売りの低くしゃがれた声が遠くで聴こえる。その声は、何もかもが自然の循環の輪の中にあった時代から響いてくる歓喜の声のような気がする。

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管理人について
HN:
巴だ リョウヘイ
性別:
非公開
職業:
揚琴・笛演奏屋 オカリナのセンセイ
趣味:
ほしい。
自己紹介:
演奏活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)
コンタクト方法/上記のホームページ(HP)の「FAQ & Form」のページからどうぞ。
特 技/晴れ男であること。
オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。
2018年、京都府下農村から大阪府下住宅街に移住。
今も雨乞い師見習い。
今も自然農見習い。
ノアのおとうちゃん。
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