揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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#256 天上の音色
もうすぐ、キース・ジャレットがやってくる。5月20日、大阪フェスティバルホールのソロ公演は、年に一度の恒例となった感がある。今年も大枚一万円払って、あのめくるめく天上の音の奇跡のひとときをいただきに行く。キース・ジャレットってだれだって? あなた、レッドカード。この三十年近く、ワタシの音楽を精神的に技術的に導きつづけてくれた人がピアニストであることは、ワタシがピアノをほとんど弾けないことを考えるとまことに不思議だ。
もうすぐ、キース・ジャレットがやってくる。5月20日、大阪フェスティバルホールのソロ公演は、年に一度の恒例となった感がある。今年も大枚一万円払って、あのめくるめく天上の音の奇跡のひとときをいただきに行く。キース・ジャレットってだれだって? あなた、レッドカード。この三十年近く、ワタシの音楽を精神的に技術的に導きつづけてくれた人がピアニストであることは、ワタシがピアノをほとんど弾けないことを考えるとまことに不思議だ。
いろんな楽器について「演奏者による音色のちがい」とひとことで言うが、それは「音楽のちがい」に直接通じているように思う。ピアノという楽器の演奏者による音色のちがいなどわからない、あんなもの誰が弾いたって同じ音がするじゃないか、と言うなかれ。キース・ジャレットの演奏をひとたび聴けば、それが誤解であることはたちどころに諒解できることだろう。
キース・ジャレットのピアノは、ピアノの最良の音色とはこういうものなのかと、少なくともワタシには感じさせてくれる。それは、張りつめているがやわらかく、研ぎすまされているがあたたかく、存在感に満ち満ちているが軽やかで、色鮮やかだが透明で、ひとつひとつの音が明瞭きわまるが流れるような音の奔流なのだ。いや、そのクライマックスにおいては、こうした表現すら凌駕してしまうほどの、異次元異空間から響いてくるかのようなエネルギーと化している。
キース・ジャレットは「音楽は、音色とダイナミクスさえあればできる」と語っている。これは言い換えれば、音楽の原点は音色とダイナミクスだということだ。であるのに、これらをないがしろにした演奏がいかに多いことか。
多くのコンサートの聴衆の関心は、誰々のなんという曲が弾かれるかに集中しているかのようだ。キースの「何が弾かれるかに関心がある人は、もっと『どう弾かれるか』に関心を払うべきだ」との言は、このような聴衆への痛烈な批判となっている。「聴く」という行為が本来瞬間にかかわることであることを忘れたかのような演奏者や聴衆に対して、キースの演奏は原点を示しつづけている。
キース・ジャレットのソロ演奏は、二時間余りすべて即興で行なわれる。それは、瞬間瞬間の音色から次の音色を見いだし、紡ぎ出し、広げていく作業だ。キースの「それは、強力なホースで毎回すべてを洗い流すようなものだ」との言葉は、即興演奏においてパターン化やマンネリを排することがいかに困難であるかを物語っている。
ところで、フェスティバルホールへ行くときは、いつも晩メシをどこで食べるかで困る。ホールの地下のレストランは混んでいるし禁煙だしパス。といって、近辺にこれといった店が見つからない。梅田かいわいだったらいくらでも店はあるのだが、命をけずるような演奏を聴く前は、こちらも静かなところで心を静めたいので、いつも梅田は一目散に通過しようとしてしまう。桜橋から少し横町に入ったところのラーメン屋はとてもうまかったが、有線の歌謡曲を聴きながら天上の音楽が始まるのを待つという図はどうにも不思議だったっけ。
キース・ジャレットのピアノは、ピアノの最良の音色とはこういうものなのかと、少なくともワタシには感じさせてくれる。それは、張りつめているがやわらかく、研ぎすまされているがあたたかく、存在感に満ち満ちているが軽やかで、色鮮やかだが透明で、ひとつひとつの音が明瞭きわまるが流れるような音の奔流なのだ。いや、そのクライマックスにおいては、こうした表現すら凌駕してしまうほどの、異次元異空間から響いてくるかのようなエネルギーと化している。
キース・ジャレットは「音楽は、音色とダイナミクスさえあればできる」と語っている。これは言い換えれば、音楽の原点は音色とダイナミクスだということだ。であるのに、これらをないがしろにした演奏がいかに多いことか。
多くのコンサートの聴衆の関心は、誰々のなんという曲が弾かれるかに集中しているかのようだ。キースの「何が弾かれるかに関心がある人は、もっと『どう弾かれるか』に関心を払うべきだ」との言は、このような聴衆への痛烈な批判となっている。「聴く」という行為が本来瞬間にかかわることであることを忘れたかのような演奏者や聴衆に対して、キースの演奏は原点を示しつづけている。
キース・ジャレットのソロ演奏は、二時間余りすべて即興で行なわれる。それは、瞬間瞬間の音色から次の音色を見いだし、紡ぎ出し、広げていく作業だ。キースの「それは、強力なホースで毎回すべてを洗い流すようなものだ」との言葉は、即興演奏においてパターン化やマンネリを排することがいかに困難であるかを物語っている。
ところで、フェスティバルホールへ行くときは、いつも晩メシをどこで食べるかで困る。ホールの地下のレストランは混んでいるし禁煙だしパス。といって、近辺にこれといった店が見つからない。梅田かいわいだったらいくらでも店はあるのだが、命をけずるような演奏を聴く前は、こちらも静かなところで心を静めたいので、いつも梅田は一目散に通過しようとしてしまう。桜橋から少し横町に入ったところのラーメン屋はとてもうまかったが、有線の歌謡曲を聴きながら天上の音楽が始まるのを待つという図はどうにも不思議だったっけ。

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管理人について
HN:
巴だ リョウヘイ
性別:
非公開
職業:
揚琴・笛演奏屋 オカリナのセンセイ
趣味:
ほしい。
自己紹介:
演奏活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)
コンタクト方法/上記のホームページ(HP)の「FAQ & Form」のページからどうぞ。
特 技/晴れ男であること。
オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。
2018年、京都府下農村から大阪府下住宅街に移住。
今も雨乞い師見習い。
今も自然農見習い。
ノアのおとうちゃん。
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