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揚琴、オカリナ & インディアンフルート奏者がつづるいろいろばなし。
音楽、田舎暮らし、自然・環境、時事、ほかいろいろ。
どうぞ、ごゆっくり。
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#513 楽園喪失

 丹後の宝珠寺というお寺で、このたび全国初の陶(すえ)の両部曼荼羅の開眼法要が執り行われた。きのう(17日)、その前夜祭で揚琴の奉納演奏をさせていただいた。が、今便のテーマはそれだけではない。三十年前の記憶をたどる「探偵ごっこ」だ。

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演奏した宝珠寺本堂
宝寿寺

 金剛界と胎蔵界のふたつの陶の曼荼羅は、それぞれ3m四方あり、数千のすべてお姿の異なる仏様が配置されている。御歳八十四歳のご住職が、ワタシがアーティストとして多大なる信頼を寄せ敬意を表している陶芸家の息子さんとともに十三年の歳月をかけて製作されたものだ。

 曼荼羅の深遠な教義は理解できなくとも、それがこの世の成り立ちを表わしていることは聞いている。ワタシの揚琴の曲のいくつかでも、少しでもそんな面を表現できればと思い演奏を続けてきたので、このたびはあまりにも光栄な機会だった。
 秘仏であるご本尊の正面に置かれた揚琴は、内陣の壁面に取り付けられた陶の曼荼羅に挿まれた恰好だ。その前に、魂を込めて製作された数千の仏様に少しでもふさわしい演奏をとの思いを胸に座り、百人のご参詣者を前にして、すべての音をワタシの揚琴のもっとも美しい音色で奏でることだけを考えて、一時間のソロ演奏を勤めた。あんまり揚琴に集中しすぎたもので、一曲だけ予定していたオカリナを吹くのを忘れてしまって、それはよかった。

陶の曼荼羅(左が金剛界曼荼羅、右が胎蔵界曼荼羅)
金剛界曼荼羅 胎蔵界曼荼羅

 さて、丹後へ来るたびに、ある海の家のことが気になっていたワタシ。その海の家へは、高校一年の夏休みに同級生五人で行った。あんまり楽しかったので、いつかぜひもう一度訪れたいと願っていたが、所在地名も、最寄りの駅名も忘れてしまった。憶えていることといえば、丹後の網野町付近の静かな湾湖にある漁村の、細い道沿いの草むした斜面を降りて行ったところにあり、すぐ目の前から美しい海が広がっていて、ひなびた商店街が近くにあり、駅からはバスで15分ほどだということだけだった。それだけにその海の家は、ワタシの中で、この世のどこかにある桃源郷のような存在になってしまい、おそらくは至近距離に来ているきょう、どうしても探し出したくなってしまったのだった。

 昨夜演奏を終えて宿で地図を調べたところ、網野町付近の湾湖は久美浜湾以外には見当たらない。現地へは当時の国鉄で向かったので、近辺を走る路線を探してみた。と、現在は北近畿タンゴ鉄道と呼ばれる路線の「丹後神野」という駅が、久美浜湾にもっとも近い。なんだ、この宿のすぐ近くじゃないかっ。
 てことで、明けてきょう、いよいよ探偵ごっこ開始。まずは丹後神野駅へ行ってみた。すると、周辺の「空気」から、やはりこの駅だったような気がしてきた。自分のカンを信じることが、名探偵の第一歩。

 久美浜湾は、わずかな幅の水路によって外海とつながっている。地図で久美浜湾の構造をよ〜く確認したところ、ワタシのある記憶がむらむらと主張を始めた。五人でゴムボートをくり出して、おだやかな湾内から水路を外海まで漕ぎ出した記憶だ。これはもう、そこへ行くしかないっ。

 水路の外海側へは、丹後神野駅からほんの十数分車を走らせただけで着いた。車を停めて、水路に沿って湾内の海岸まで歩いてみた。すると、周辺の様子とあのときの風景と距離感の記憶がぴたりと一致する。あの海の家は、どうやらこの近くに間違いなさそうだぞっ。

 付近を車で走ると、ひなびた商店街を通りかかった。道が連続L字に曲がっている所にさしかかったとき、その道を通った記憶が甦った。目的地は近いっ。
 海の砂におおわれた空き地に車を停め、質素な板張りの家がつづく昔ながらの漁村を歩き、記憶に従って、道路から海辺へとつづく斜面をかたはしから探った。が、どれもがそうであるようにも思えたし、そうでないようにも思えた。なにせ三十年前だ。家並みも変われば道も変わり、海岸の様子だってすっかり変わっているやもしれない。こんな風にコンクリートの波止場がつづいていただろうか。あのとき遊んだ浜は確かに浅瀬だった。それに、目の前の水路に架かる大きなコンクリートの橋はまったく記憶にない。だいいち、その海の家が今もある保証はない。
 一時間近くうろうろしているうちに、あいまいな記憶に対する信頼がゆらぎ始め、あきらめの気持ちが強くなってきた。

 大きな橋のたもとを向こう側へ回り込んだとき、これまでとは少しニュアンスがちがう風景が目に飛び込んできた。眼前に広がる海はさっきまでより広く明るく、道路からつづく斜面の向こうを見れば、木々の陰に何か建物が建っている。海をのぞくと浅瀬がつづいている。それらの風景にふれて、ワタシの記憶が激しく共鳴を起こした。
 あの日、同級生たちとでっかいカニをヤスでたくさん穫って、慣れない手つきで焼いたり味噌汁にしたりして腹一杯食べた。目の前の穏やかで静かな海の恵みをその場に建つ家の中で味わえる幸せを、みんなで満喫したものだっけ。
「ここだ、ここにまちがいないっ」

そこから見た湾内の風景。
久美浜湾

 小走りに建物の真上へ行ってみた。生い茂る木と笹と雑草のすき間からくずれかけた瓦屋根の平屋建ての建物がのぞいている。ワタシは斜面を降り、草をかき分けてその建物まで行ってみた。
 目の前の草木に埋もれた廃屋は、まごうことなきあの海の家だった。どのようないきさつでこんな姿になってしまったのかはわからないが、取り壊される廃屋が多い中で、まるで誰か自分を知る者が訪ねてくるのを待っているかのように、それはそこに佇んでいた。

これがその海の家。
海の家廃屋

 ここで過ごした三日間は、時間が止まり、豊かで魅惑的な海と静けさと永遠だけがあった。五人の仲良し野郎グループはカニ漁で狩猟本能を十分に満たし、夜は海辺に寝転んで流れ星を数えながら人生を語り合った。

 ワタシが三杯目のカニ汁を食べるのを見て「阿呆の三杯汁と言うぞ」とからかったヤツは、その後東京の大学に入り、どこか遠くで暮らしている。中毒がこわいと言ってカニ汁を食べようとしなかったヤツは、その後医者になった。最後までもぐりつづけていたクラス一のひょうきん者は、広島の大学で水産物の研究に取り組んだ。

 仲間の誰もがおそらく、再びこの海の家を訪れてはいないだろうし、これからも訪れないだろう。その方がいいやもしれない。そこで目にするものは、われわれが訪れた年の数年後に架けられた大きなコンクリートの橋と、拡幅工事によってひっきりなしに車が走り抜けるようになった背後の道路と、湾の対岸の森を浸食するゴルフ場と、湾中に響きそうな爆音を立てて走り回る水上モービルと、海草がずいぶん少なくなって底の砂地が丸見えの海、それに波打ち際に打ち上げられた無数の白化した牡蠣の殻だからだ。

 おしまい。 
09.10.18〜19 記 
海辺で見つけたザクロの木。下の黄色い物は積み上げられたブイ。
ザクロ
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無題
その海の家はたぶん・・・
壊せなかったんですね。
待っていたから。
20世紀『仲良し』少年を・・・
(^ー^)d
みんる EDIT
at : 2009/10/30(Fri) 13:37:11
Re:無題
みんるさま

ちょっとさわれば崩れ落ちそうでした。
来年はもうないかも。
諸行無常。

巴だ 
at : 2009/10/30 14:06
無題
たぶん間一髪で間に合ったに違いないです。
諸行無常
めでたしめでたし。
みんる EDIT
at : 2009/11/01(Sun) 14:46:36
Re:無題
ですね。
で、もう、行くことはないと思います。
めでたし、めでたし。

巴だ 
at : 2009/11/01 16:42
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管理人について

HN:
巴だ リョウヘイ
性別:
非公開
職業:
揚琴・笛演奏屋 オカリナのセンセイ
趣味:
ほしい。
自己紹介:
 
演奏活動範囲/全国の都心から山間地まで。
演奏場所/ホールからお座敷まで。オカリナは野外歓迎。
演奏目的/オープニングセレモニーから追悼演奏まで。
演奏形態/独奏から異業種間共演まで。
所属事務所/Magnolia Music(自分的オフィス)

コンタクト方法/上記のホームページ(HP)の「FAQ & Form」のページからどうぞ。

特 技/晴れ男であること。

オカリナ倶楽部 “夢見るガチョウ” 主宰。

2018年、京都府下農村から大阪府下住宅街に移住。
今も雨乞い師見習い。
今も自然農見習い。
ノアのおとうちゃん。
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